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2年越しの挑戦。県立博物館の協議会委員になりました──「県民に愛される博物館とは」を考えつづけて

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2026年7月16日、埼玉県立歴史と民俗の博物館で、博物館協議会の第1回会議が開かれました。私は今年度から、その委員のひとりに加えていただいています。

じつはこの委員、2年前からその存在は知っていました。でもそのときの私は、「自分には知識がないから」と、手を挙げることをあきらめていたのです。今日は、そんな私がどうしてここまで来られたのか、そして当日どんなことを見て、感じたのかを、書き残しておきたいと思います。

目次

2年前、あきらめたところから

博物館の運営に、市民が意見を届けられる仕組みがある——2年前にそれを知ったとき、正直、心は動きました。でも同時に、「専門的な知識もない自分が、公立博物館の会議で何を言えるだろう」と、場違いに思えて、結局あきらめてしまいました。

しかし、何かあきらめることはできず、「さいたま市立博物館」の評議会委員に挑戦しました。「博物館をより魅力あるものにするために考えること」というテーマの800字の論文。自分の頭で必死に考え、粗削りなままではありますが、「変化し続けることが大切」という意見を提示しました。

次に、博物館を深く学ぶために学芸員資格を取るために玉川大学の3年生に編入。博物館について一から学びました(そのときのことはこちらの記事に書いています)。

そうして2年。市の委員としての経験と、大学での学び。「基礎知識がだいぶついた今なら、もう一度手を挙げられるかもしれない」。そう感じ、埼玉県立歴史と民俗の博物館の協議会委員に応募しました。論文テーマは「県民に愛される博物館について」でした。

そして今、こうして委員として、その席に着いたわけです。委員の区分でいうと、私は「学識経験者」として位置づけられるそうです。あの日あきらめた自分と、その後の自分の歩み。市立博物館の公募時に書いたテーマ「博物館を魅力あるものにすること」と、変わっていく自分の姿は重なっていたのかもしれません。

第1回評議会

第1回評議会は、開会の辞から始まり、令和7年度の事業報告、令和8年度の事業や博物館評価、最後に館内の視察がありました。事前に郵送された資料を基に、いくつか発言や質問をしてみました。

ひとつは、中高生向けの「学芸員のお仕事体験」について。担当者の方に詳しく状況を教えてもらいました。令和7年度に始まったこの体験がとても人気で、昨年も定員超え、今年も締め切り前から定員を超える申し込みがあるとのことでした。すばらしいことです。だからこそ、一度きりで終わらせたくない。私は、事前説明会を開いたり、定員オーバーで参加できなかった方にフォロー講座や招待券をお送りしたりして、博物館との接点を増やしてはどうか、と提案しました。学芸員という仕事だけでなく、博物館そのものに親しみを持ち、また訪れたくなる——そんな入り口になればと思ったのです。

謙信景光
ひっそりと、でもしっかりとアピールされている国宝の短刀

もうひとつは、入館者数の年間推移についての質問です。企画展を開催しているときと、1月・2月に刀剣関連のプログラムがあるときに、来館者が増えるとのことでした。この刀剣関連というのが、館が所蔵する国宝の短刀をメインにした、人気ゲーム「刀剣乱舞」とのコラボレーション。この刀は、正式には「短刀 銘 備州長船住景光(号 謙信景光)」といい、戦国大名・上杉謙信が所持したと伝えられることから「謙信景光」の号で親しまれています。「刀剣乱舞」には謙信景光の登場もあります。昨年、刀剣関連のプログラム開催時には多くの「刀剣女子」でにぎわったそうです。

博物館関係者として、これは本当に嬉しいことです。ただ、そのお話を聞きながら、私自身の中に一つの課題意識が芽生えました。ブームは移ろいやすいもの。だからこそ、この盛り上がりを一過性で終わらせず、目玉ともいえる刀剣の魅力そのものを、幅広い方に末永く伝えていけないだろうか。グッズやコラボ以外のコンテンツやイベントには、どんな可能性があるだろう——これは、これから私自身が考えていきたい宿題です。

ちなみに、この国宝「謙信景光」、実物は令和9年1月26日〜2月28日に展示予定で、それに先立ち令和8年6月9日〜9月13日には「写し(精巧な複製)」も展示されるそうです。刀剣がお好きな方は、ぜひ博物館のウェブサイトで最新情報をチェックしてみてください。

会議後の企画展視察

評議会の後、すでに始まっている企画展「土をこねこね一万年」の視察がありました。

この展示、小さなお子さんがいる学芸員の方が「はじめての博物館、となるような展示を目指した」とおっしゃるとおり、いたるところに工夫が凝らされていました。かわいいキャラクター。エアコンの風でくるくる回る展示。床にはあちこちに動物たちの足跡。子どもの目線に合わせて低く設定された展示。縄文カードの配布。

企画展入口
入りやすく親しみやすい雰囲気

そして、私が「なるほど」と唸ったのが、展示室の明るさです。ふつう博物館は、資料を守るために照明を落とし、少し暗いことが多いですよね。でもここは照度MAX、とても明るいのです。理由は「土(土器や土偶)は光による劣化の影響が少ないから」。大学での資料保存論の講義内容を思い出しました。

展示を見ていると、埼玉県への愛、そして考古学への愛が、じんわりと伝わってきます。随所に、来館者への、そして展示物への愛着があふれている。この展示を、もっと多くの人に知ってほしい——素直にそう思いました。

明るい展示風景
明るい展示室内

常設展にも、心を動かされました。恥ずかしながら、二・二六事件に埼玉県ゆかりの人物が多く関わっていたことを、私はこのとき初めて知りました。歴史というと遠い出来事のように感じがちですが、自分の暮らす地域とつながっていると知ると、ぐっと身近に感じられます。常設展も、より分かりやすく伝わるように工夫を凝らして展示替えがされていて、その姿勢に深く感銘を受けました。

紀要に思うこと

この日、参考資料としていただいた博物館の紀要(第20号)に、思わず引き込まれる論文がありました。井上かおり氏による「『埼玉メガホン』にみる戦後復興期の埼玉県広報」です。紀要とは、博物館や大学が刊行する研究報告書のこと。学芸員による調査・研究の蓄積が収められた、その館の学問的な土台とも言える資料です。一次資料(当時の実物)にあたって書かれた論考は、読みごたえがありました。

「埼玉メガホン」とは、戦後間もない昭和23年(1948年)に埼玉県が創刊した壁新聞——今の県広報紙「彩の国だより」の前身にあたります。まず、そんなに昔から県の広報紙があったことに驚きました。物資の乏しい時代、粗末な再生紙に刷られ、県内の掲示板や学校、理髪店、銭湯などに貼り出されていたそうです。拡声器や映写機を積んだ広報車「埼玉メガホン号」も走り、「走る県庁」として人気を呼んだとか。なんとも温かい光景です。

紀要dai
紀要第20号(バックナンバーは埼玉県立歴史と民俗の博物館HPからご覧になれます)

そして興味深いのが、その役割の移り変わりです。論文によれば、初期は食糧配給や衛生・医療といった「命をつなぐ」ための生活情報が中心。それが時代とともに、政治や経済、農地改革、社会福祉へと関心を移していったといいます。一枚の広報紙が、戦後日本の歩みそのものを映し出しているのです。

読み終えて、私はしばらく考え込みました。かつての埼玉メガホンが、掲示板や「走る県庁」で県民一人ひとりに情報を届けようとしていたように、紙離れが進み、オンライン化が進む今の時代、県民の心に本当に届く広報とは、どんな形なのだろう——と。答えはまだ出ませんが、こういう問いを自分の中に持てたこと自体が、この日の大きな収穫でした。

学んだことは、きっとどこかで形になる

会議のあと、思いがけないことがありました。積極的に発言したことがきっかけで、これからこの博物館に、もう少し深く関わっていくことになりそうなのです。まだ詳しくは書けないのですが……この続きは、またご報告できたらと思います。

このお話をいただいたとき、私は「ついに、この時が来たか」と思いました。これまで、どれだけ学んでも、なかなか形にならない——そんな思いを、ずっと抱えてきたからです。英語を学んで全国通訳案内士(英語)の資格を取り、中国語を学んで講師をし、認知症について学ぶ。そのどれもが、自分が思い描いていたようにはならず、遠回りばかりしてきた気がしていました。

いま少しずつ、学びが着実に形になっていく。そのことに、静かな驚きと、深い喜びを感じています。

学芸員や博物館協議会に興味を持ったあなたへ

学芸員として博物館や美術館に就職するのは、とても狭き門です。学芸員の資格は毎年およそ1万人が取得すると言われていますが、実際に学芸員として採用される人は、そのうちのわずか数パーセントとも言われています(菅野和郎、「学芸員として就職するためのアドバイス」玉川大学文部科学省「学芸員制度各国比較」)。資格を持っていても、それを直接には生かせていない、という方も少なくありません。

でも、視点を変えれば、博物館と関わる方法は、いくらでもあります。公募委員に手を挙げるのは、そのひとつ。博物館サポーターになる、友の会に入る、ボランティアとして関わる——入り口はたくさんあります。学んだことを生かすために、自分で調べ、動き、そして「私はこれをやりたい」と声に出して宣言していけば、不思議と道は開かれていくものだと、今の私は感じています。

じつは私には、もう少し先の夢があります。これまで市民大学の運営委員や、さいたま市の有識者会議にも関わらせていただきました。その経験も糧にしながら、これからは博物館だけでなく、美術館なども含めて、埼玉県・さいたま市の文化行政に、もっと広く関わっていきたいのです。文化の力で、この土地のよさを多くの人に知ってもらい、そして好きになってもらう。それが、今の私の願いです。

もし、あなたが博物館や地域に少しでも興味があるなら。学芸員資格の取得とあわせて、ぜひ地域にも目を向けてみてほしいと思います。あきらめかけていた2年前の私に、そう伝えたいのと同じ気持ちで。

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